いまの時代を過ごすのに相応しいファッションとは、どんなものなのか? スタイルのあるクリエイターの日常からそのヒントを探し出す連載「New Daily Life」。今回登場するのは、芸人と会社役員の2つの顔を持つ厚切りジェイソンさん。
「Why Japanese People?」と叫び、日本人には気づきづらい日本の風習や文化のおかしみを指摘し、笑いへと変えてしまう芸風で、瞬く間にお茶の間の人気者に。一方、IT会社の役員という、二刀流芸人でもあります。ちなみに、その芸名の由来は、日本に初来日して住んだのが厚木市ということ、本人の胸板が厚いこと、日本には厚切り商品が多いので、思い出してくれやすいからというマーケティング的考えが入っているんだとか。
自由の国・アメリカ出身らしく、自由でいられることが大事だという信条を持つジェイソンさん。独自の価値観がしっかりと確立されていて、髪を切るときは千円カット。お金の掛からない散歩が好きで、電車は極力使わず、とにかく歩くそう。
そんな元来の倹約家であるジェイソンさんですが、「厚切りジェイソン」と画像検索して出てくるいくつかの写真のなかでは、ポール・スミスのドット柄の蝶ネクタイを着用しています。聞けば、プレゼントされた物とのことですが、ブランドものはジェイソンさんにしては、とても珍しいことのようです。
「プライベートでは、快適であることを最優先して、スウェット、パンツ、フーディが多いですね。まずは、着心地や寒いときには暖かさといった機能が大事です」
カーディガン ¥35,200、シャツ ¥22,000、トラウザーズ ¥28,600(すべて税込)
服の実用性を重視しているジェイソンさん。今日のポール・スミスの服は、そのお眼鏡にかなった模様。
「普段はインナーを着ることが多いんですけど、今日はインナー無しでも、この服は着心地がとってもよくて、まるでマッサージを受けてる気持ち(笑)」
笑ってしまうような、独特な表現でその着心地を褒めてくれます。「Why Japanese People?」の芸や、鋭い視点でテレビや講演会にと引っ張りだこのジェイソンさん。服によって気分が変わることがありますかと質問してみると、「変わらないです。常に自分は自分、でいられる」とピシャリ。その強い個の確立は、価値観にも表れています。
「自由でいられることの優先順位が高いですね。やりたいことがやれなければ、意味がないと思います」
“清水の舞台から飛び降りる”。日本人にとってはお馴染みの、決死の覚悟で挑戦するということわざですが、やりたいことを素直にやってみる、そんなことを信条とするジェイソンさんにとっては、お笑いに挑戦することも、大それたことではありませんでした。
「お笑いに入るきっかけは、ザブングル加藤さんのイベントでした。加藤さんと観客が腕相撲で勝負するというときに、観客のなかから僕が選ばれて、勝負することに。加藤さんは負けて、『悔しいです!』と。それから加藤さんと飲むようになりました。もともとお笑いは好きでしたし、こう言うと偉そうかもしれませんが、(お笑いを)できるんじゃないかなと。そうして、ワタナベエンターテインメントの養成学校に週末だけ通うことにしました。結果、卒業する前にテレビに出るようになって、びっくりしたんですけど・・・」
当時、会社員が本業で、お笑いはあくまで趣味のようなもの。ゼロか100かのような大博打はもちろん打ちません。
「結婚していましたからね。でも、会社を辞める訳でもなく、リスクもないから、妻も別に何も言いませんでした。養成所を卒業したら、そこでおしまいだと僕も思っていましたけどね」
ジェイソンさんは、お笑いをやってみたい、だけではなく、実際にやってみて、ものにしてしまいました。言うだけで、なかなか実際にトライできないひとが多いなか、なぜためらわずに飛び込めたのでしょうか?
「そのことについては、1時間以上話すこともできますが、簡単にいうと、リスクの捉え方の問題だと思いますね。ちゃんとリスク管理すれば、あまり危なくない。例えば、別で成功していることがあれば、それは続けるとか。あとは、やりたいと口では言っているのに、やらないのは自分に嘘をついていることになります。やりたいけれど、実際にやらなくて、やりたいやりたいと言っている方がストレスです。例えば、痩せたいのについ食べちゃうひとは、自分の体型のままでいいし、本当にダイエットしたければ、ダイエットすればいい。中途半端にどっちも考えるのはストレスだし、ちゃんと考えて選べばいいんじゃないですか」
まさに正論、かつ合理的な考え方です。そこにはエンジニアというルーツが色濃く影響しているのかもしれません。ジェイソンさんには、クラウドサービスを扱うIT会社の役員としての顔もあります。そこでは、重要な会議に出たり、アメリカのスタッフをまとめ上げて現地法人を担当するなど、会社の中枢を担います。どうやら、お笑いでの経験もそこで上手く生かされているそうです。
「養成学校からいままで、ひと前でお笑いを見せることに慣れて、ステージ度胸がつきました。会社のプレゼンでも、不安なくやれるようになりましたね」
仕事とお笑い。「どちらも分けていません。どっちも柔らかくやってますよ。会社にいても変なこと言いますし(笑)」と話すジェイソンさんに、その場にいた会社のスタッフも納得といった顔。会社、お笑い、プライベートと所変われど、感覚は変わりません。とはいえ、着る服だけはちゃんとTPOに合わせているそうです。
「オフィスに来るときは、もちろんTPOを意識します。普段はワイシャツで、フォーマルが必要ならジャケットを上に着ます」
ジャケット ¥99,000、シャツ ¥25,300、トラウザーズ ¥28,600(すべて税込)
この日のジャケットは、ウール、コットン、リネンの混紡素材。パッチポケット、2つボタンというカジュアルな要素を取り入れつつ、日本の絣のような繊細で高級感のある生地感が特徴です。そこに “和” の要素もあるスタンドカラーシャツを合わせることで、カジュアルながらも洗練された印象を与えています。
「日本に来たのは、文化が好きだったし、大学の授業で日本語を選択したのがきっかけです。日本には最初インターンで来て、Siriのような音声認識を研究していました。そこで、いまの妻にも出会えました。大学を卒業するためにアメリカに一度帰るんですが、妻の出産を日本で迎えたくて、いい仕事が見つかったので、もう一度日本に戻ってきました」
それがおよそ10年前。その後、ライフステージの変化に合わせて、ジェイソンさんの価値観も変わってきました。
「昔は、出世欲もありました。子供が生まれる前は、キャリアの将来設計も立てて、一つひとつクリアしていくなかで、ある程度達成してきました。でも、いまは家族の時間を大事にしたい。そういえば、最近子供が『Why Japanese People?』と叫んでくるので、どう返したらいいのか困ってます。それは、俺の芸だと(笑)」
コロナにより、家で家族との時間も増えたそうです。仕事への影響はどれくらいだったのでしょうか?
「会社の仕事は、そもそも僕がテレワークメインだったので、ほぼ影響ありませんでした。芸人の仕事は、僕の場合、講演会などのイベントが多いんですが、一時期完全に無くなりました。大打撃ですよ。最近復活してきましたけどね。個人的な価値観の変化ですか? ありませんね。そもそも外食はそんな好きじゃないし、ものも極限まで使いきります。ステイホームに向いていた性格だったんでしょうね」
仕事が無くなってしまうような非常事態は、ジェイソンさんがもともと持つ、お金に対する合理的な考え方をさらに強固なものにしたかもしれません。
「物欲はないですし、実際ものもそんなに持っていません。ものがあるイコール、財力ではない。口座にお金がある方が裕福だと思いますし、何かあったときに備えるためのお金だと考えています」
では、仕事面でこれから先やってみたいことは何かあるのでしょうか?
「特に、計画はないですね。やりたいことは、やっているから。いまは、演技に挑戦していて、映画を撮っている最中です。タレントとしては、この先仕事をちゃんと選んでいきたいですね。何でもいいから注目を浴びるより、思ってもないことを言わなくてもいいようになりたい」
最後に、ジェイソンさんが考える、おしゃれなひとは? という質問には、こう答えてくれました。
「原色を着ているひと、ですかね。派手な色、カラフルな色を着られるひとはいいなと。自分は、あまり着たことないけど、着てみたい。実は、僕はオウムなどのカラフルな鳥類が好きで、そんな鳥と似たような服があるといいですね。ポール・スミスの服には、カラフルなストライプのものとか、内側にフクロウが刺繍されている遊び心があるジャケットもあると聞いたので、着てみたいですね」
厚切りジェイソン
1986年アメリカ生まれ。17歳で飛び級入学した「ミシガン州立大学」を経て、「イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校」の大学院を卒業。現在はIT企業の役員としての顔も持つ二刀流芸人。「R-1ぐらんぷり」2015年、2016年ファイナリストという実績を持つ。「えいごであそぼ with Orton」「Why !? プログラミング」(共にNHK-Eテレ)はレギュラー出演。『かなり気になる日本語』などの著作も。