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      いまの時代を過ごすのに相応しいファッションとは、どんなものなのか? スタイルのあるクリエイターの日常からそのヒントを探し出す連載「New Daily Life」。今回登場するのは、建築家の中山英之さん。高校時代に、ザハ・ハディッドの展覧会と運命的に出会うことで始まったのがその出発点。その当時、ハディッドはまだ実際に建築物を手がけたことがないにも関わらず、彼女のドローイングに秘められた可能性に建築界が魅せられていました。中山さんもそんな表現の世界に憧れて、建築学科を志望。「東京藝術大学」を卒業後、「伊東豊雄事務所」で研鑽を積み、いまや広く知られる「多摩美術大学図書館」の設計を置き土産に、30代半ばで独立します。その後、北海道・六花の森の「第1回 Tea House Competition」というコンペで最優秀賞を受賞したことをきっかけに、一躍脚光を浴びるように。

      建築物そのものだけではなく、大きなストーリーの前で指の間からあふれ落ちてしまいそうなことを、丁寧にすくい取るその世界観は、この変革の時代に耳を傾けたくなる、軽やかさに満ちています。「建築は対話です」と語る中山さんのオリジナリティは果たしてどこからやってくるのか。それを確かめたくなり、まずは中山さんの事務所を訪れました。

      事務所があるのは、東京・千駄ヶ谷。最近はそこまで遠くへは行かなくなったそうですが、それでも銀座や下北沢くらいまでなら軽々と自転車を使い、「自転車は道具」と言い切るくらい、移動の足として定着しているそうです。そして、自分のスピードで進むのも、止まるのも自由だからこそ「肌で感じたり、見られたりする情報量が多い」のも好きなポイントで、10年経ったいまも忘れられない光景と遭遇したのも、自転車に乗っているときでした。それは、東日本大震災の直後。

      「走り去る視界に一瞬不思議な光景が見えて、思わずブレーキを掛けました。それは、マネキンがすべて取り払われた、暗くて空っぽのショーウィンドウでした。そこに、おばあちゃんのうちにありそうなランプが一個だけ、プラグを抜いて置かれていたんです。看板を見ると、ポール・スミスのショップでした。それ以上のことはなにも表示されていなかったので、受け止め方はひとそれぞれだと思います。でも僕には、そっとプラグを抜いて立ち去った、ポール・スミスというひとの後ろ姿が見えるような気がしました」

      ザハ・ハディッドと同じように、ポール・スミスとも運命的な出会いを果たしていた中山さん。ポール・スミス本人が自転車好きなのは、中山さんもすでにご存知。この日、自転車で駆ける中山さんの服は、自転車好きのポール・スミスらしいギミックが隠れています。パンツの足元が、リブになっているのを、中山さんはお気に入りのポイントとして挙げました。

      「自転車に乗るときに便利ですね。普通のパンツだとチェーンに巻き込まれて汚れてしまうので、裾を巻き上げないといけないんですが、これはそのまま自転車に乗れるのが気に入ってます」

      このパンツと同じジャケットの素材は、リネンとシルクの混紡。程よい上品な光沢感のあるこのセットアップは、中山さんのワードローブにも自然と馴染みます。

      「僕が持っているのは、今日の服のようにその生地らしい色のものが多いですね。例えばデニムは青、チノパンはベージュのように。このセットアップの生地は、艶があるのにさらっとドライで、なかに着た白いニットポロも着心地がいいし、表情があって上品ですね」

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      ジャケット ¥137,500、トラウザーズ ¥60,500、ポロシャツ ¥26,400、シューズ ¥22,000、バックパック ¥46,200(すべて税込)

      この日のコーディネートのように、素材感をミックスしたスタイリングは、中山さんの素材に対する視座とも共鳴する部分が大いにあります。

      「建築は毎回ゼロからのモノづくりではあるけれど、同時にすでにある技術や素材の組み合わせに知恵を絞る仕事でもあります。例えば、いまでもほとんどの建物に用いられるコンクリートは数千年前、鉄はもっと前からある素材です。ただ、そんな風に長い間使われてきた素材でも、ちょっとした組み合わせ方で、突然新鮮な雰囲気を帯びることがあります。そうした発見は、その作家ひとりの仕事というよりも、歴史や文化との、時間や空間を超えた対話のようなところがあります」

      そして、それはファッションにも通じることと続けます。

      「例えば、最近、全く縫製のない服だとか、いきなり3Dで出力されるニットなどが登場していますよね。僕もそうした技術にはすごく興味があります。でも、ファッションの素晴らしさって、そういった服と、ずっと変わらないデニムを組み合わせて着ることが、互いに新鮮な意味を与え合うようなところにあると思うんです」

      中山さんの建築やファッションへの眼差しは独特です。それは生活者として感じていることが豊かだからに違いありません。その生活への立ち振る舞いのルーツは、大学時代へと遡ります。

      「念願の大学の建築学科に入ったものの、課題を提出してもなかなか評価も上がらず、いつも空回りしていました。あるとき、どうしても模型作りが間に合わなくなって、緊急事態で家族の手を借りるのに、自分のやっていることを説明したんです。そうしたら、なにを言っているのかさっぱり分からないとか、それはなんとなく分かるとか、次第に批評してくれるようになりました。正直はじめは意に介していなかったのですが、そのうち家族の批評と大学での評価が高確率で符合することに気づいてしまった。その頃から、なにを考えるときも、理念や理想と同時に、同じ文化に染まっていない架空の相手を自分のなかに想定するような癖がつくようになりました」

      そして、「確かに建築って、自己表現とは違うし、建築家自身が使うものじゃない。住むひと、使うひとは、どこかにある理念のために、そこで生きているわけではないのですから」と言葉を添える中山さん。

      その思考のベースとなるのは、膨大なデッサン。それも建物のパースでなく、イラストにも近い柔らかな鉛筆の線が特徴の、いわゆる設計図とは異なるもの。なぜなのか、その考えを伺うと、そのヒントは大好きな映画にあるそうです。

      「映画、特に学生の頃、ヒッチコックに夢中になりました。無意味に思えていたすべての細部に意味があって、それらがおしまいで一気に結びつけられたと思うと、パタパタと謎が解けていく。でも、どこから考え始めたらあんなプロットが組み立てられるのか、想像もつきません。それで、興味を持って調べていくと、全体の流れがまずあって、そこから細部を決めていくのではなくて、え?そんな取るに足らない細かいところを!と驚くような些細なアイデアを、全体像がないままかなり厳密に検討していたりするんですよね。つまり、設計図無しに、いろんなスケールを同時に行き来しながら考えているんですね。建築の仕事は、どうしても大きな骨格を作って、そこから徐々に細部を煮詰めていくやり方が一般的になるのですが、そうじゃないやり方もありうるんだなと」

      そして、そんなやり方から大いに影響されていると語ります。

      「監督は、そうしたプロセスをスタッフやキャストなど、いろんなひとと話しながら組み上げていました。建築もそこは似ていて、多くの時間は対話なんです。大きなシナリオや設計図だけでなく、同時に些細な対話をたくさん書き出してみる。そうすると、小さなスケッチがたくさん溜まっていくんです。映画の絵コンテに近いかもしれないですね」

      そんな方法を重ねていると、一つひとつのプロジェクトに膨大な時間が掛かってしまうから、僕たちは極端な寡作です、と苦笑いする中山さん。手掛けたものは、個人住宅、美術館、公衆トイレなど多岐にわたるけれど、なかでも千葉にある、薬草園を蒸留所へ改修した「Mitosaya 薬草園蒸留所」は大切な経験になったと振り返ります。中山さんが手がけたのは、広大な敷地に点在する既存の建物のうちの一棟を、必要最低限の改修のみでお酒の蒸留所へと生まれ変わらせることでした。

      「Mitosayaは、バブルの頃オープンして、その後、閉園してしまった薬草園の物語の続きを考えるような仕事です。建築を点で考える仕事ではなくて、自分たちよりも前からあったものや、その先を線で思考するデザインとも言えると思います。そういう意味では、僕はこの場所の設計者です、と言うのは嘘になるのかもしれませんね。でも、そこに面白さを感じているんです」

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      ブルゾン ¥49,500、シャツ ¥28,600、トラウザーズ ¥28,600、ソックス ¥2,200、スニーカー ¥55,000(すべて税込)

      そんな思い出深い「Mitosaya 薬草園蒸留所」オーナーの江口宏志さんの元を訪れた中山さんは、花の写真がふんだんにあしらわれた、ポール・スミスのシャツを着ていました。それは、ポール・スミス コレクションの今シーズンのテーマであるセドリック・モリス&アーサー・レット・ヘインズらが植物学を研究していたことに由来しています。

      「この場所にぴったりの服です。花の写真をスクラップブックにしたというアートワークがきれいですよね。誰しもあると思いますが、気持ちを服に引っ張ってもらうことって、時々ありますよね。今日のパンツのように、長年デザインが変わらないものを買うことが多いんですが、時々このシャツのような、どの時代や文化に属すのか分からない謎めいた服に背中を押してもらいたくなることがあります。『なになに?』って会話が生まれるし、自分も周囲も、きっと楽しい。そういえばずっと昔、友達が着ていたポール・スミスのTシャツが忘れられません。馬の写真の上に、赤い大きな水玉が重ねてある大胆なグラフィックをいまも鮮烈に憶えています」

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      自分に似合う服を選ぶというのは、楽しいと同時に難しいことでもあります。中山さんにとって、おしゃれなひとはどういうひとかを尋ねると、こんな答えが返ってきました。

      「なんでダメなの、これでいいじゃんと考えられるひとですかね。決まりだからという理由以外の、合理的でサバサバした理由を見つけて、大胆に振る舞うようなひとを見ると、老若男女に関わらず、あぁお洒落だなぁって憧れます」

      そして、法規制など、決めごとが多い建築を扱う中山さんにとって、ファッションの自由さも一つの魅力のようです。

      「ファッションは、肯定的な気持ちになるからいいですよね。理屈で目を三角にする前に、かっこいい、なんかいい感じ、みたいにすごく直感的だし、新しいこともどんどん試せる。ちょっとくらい変でも、それを含めて軽やかに、肯定的に受け止められるのが楽しい。と同時に、もちろん文化や歴史、いまこの瞬間の前後に流れているたっぷりとした時間、暮らすひと、着るひとひとりひとりの固有の人生がクロスする場所、そんなところが服と建築の共通しているところかもしれませんね」

      中山英之(なかやま・ひでゆき)

      1972年、福岡県生まれ。98年、「東京藝術大学建築学科」卒業。2000年同大学院修士課程修了。「伊東豊雄建築設計事務所」勤務を経て、07年に「中山英之建築設計事務所」を設立。14年より「東京藝術大学」准教授。主な作品に「2004」「O邸」「石の島の石」「弦と弧」「Mitosaya 薬草園蒸留所」「Frans Masereel Centrum」など。主な受賞に「SD Review 2004 鹿島賞」(04年)、「第23回吉岡賞」(07年)、「Red Dot Design Award」(14年)、「グッドデザイン金賞」(19年)などがある。主な著書に『中山英之/スケッチング』(新宿書房)、『中山英之|1/1000000000』(LIXIL出版)、『建築のそれからにまつわる5本の映画, and then: 5 films of 5 arhitectures』(TOTO出版)など。

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