100回以上の来日歴があるポール・スミスは、東京・築地市場へも幾度となく足を運んでいます。
1935年に開場した築地市場は一日の水産物の取扱量が1,600トンを超える世界最大の魚市場であり、日々仲卸業者、料理人や観光客たちを魅了しています。
ポールは80年代から日本を訪問するようになり、84年に初めて築地を訪れました。『築地市場についてはそれまでにも色々な人から聞いていて、ぜひ行ってみたいと思っていました。幸いにもとても詳しい友人がいて、連れて行ってもらえることになったのです。』
その時ポールを築地市場へ連れて行った友人が、当時Porterブランドで知られる吉田カバンでチーフディレクターとして活躍し、ニューヨーク・デザイナーズ・コレクティブにも参加していた吉田克幸氏(現 PORTER CLASSIC 取締役会長)。最高のマグロが並ぶ早朝のセリを含め、築地を案内してくれました。
『マグロはとにかく息をのむほど巨大でした。その時、マグロの落札価格は最低でも15,000ポンド、最高価格は50,000ポンドだったと思います』
平均して100キロ程度のマグロ一匹からは約3000貫の寿司を握ることができ、価格にも反映されます。ポールが80年代に初めて築地を訪れて以来、2013年には222kgのクロマグロに対して100万ポンド以上(1億5,540万円)の落札価格も記録しました。
築地の魅力は水産物のみに限りません。そこには五感を刺激するものが溢れています。
店主らの呼び声や買い物客とかけあい、ガタガタと音を立てながら慌ただしく道を行き交う黄色いターレーの音が聞こえ、店先にはセラミックや包丁、乾物や食料品などさまざまなものが、日本語の説明書きや旗に描かれるイラスト、パッケージなどとともに並んでいます。
常にインスピレーションとなるヴィジュアルを探しているポールにとって、築地で目にしたカラーやグラフィックは強く印象に残り、想像力をかき立てました。それゆえ80年の歴史を誇る築地市場が移転するというニュースを耳にした際、ポールは自分らしい方法で築地への賛辞を捧げたいと考えました。
『築地市場へのオマージュとして、缶詰のデザインをヒントに、バッグやベルトのグラフィックデザインにしたら面白いのではと思いました。』
このアイデアをベースに2018年春夏コレクションは派生し、メンズとウィメンズのウェア、シューズ、アクセサリーにはマグロのグラフィックが落とし込まれ、パリ・ファッションウィークで発表したショーにも登場しました。
ポール・スミスらしい表現方法で築地の歴史への敬意を表しつつ、ポールは明るい未来を見つめています。
とりわけ東京では、古いものは取り払われ、新しいものに取って代わることがよくあります。築地市場の移転先である豊洲は家庭から排出されるゴミや産業廃棄物の埋め立て地の上に作られた土地です。
『古いものに郷愁を覚える人々にとっては、変化に寂しさを感じざる得ないこともあるでしょう。しかしながら、私のショップがあるコベント・ガーデンは1972年までは果物、野菜、花などを売るマーケットがあった活気あるエリアでした。花やバナナを積んだ手押し車を押す男たちでいっぱいで、歩くのもままならないような賑わいでした。その後、果物や花のマーケットは別の場所へと移転して行き、そのおかげで空いたスペースには私のロンドン最初のショップを含む新しいものが生まれて行ったのです。』